COLUMN/コラム
温熱環境から健康を考える
はじめに
WHOは住まいと健康に関するガイドラインにおいて住宅の寒さと断熱について冬季室内温度は18℃とすることを強く勧告しています。
背景として自宅で長時間を過ごす60歳以上の人口比率は2015年と比較し2050年では2倍になると言われており、特に日本においては高齢化が顕著で65歳以上の人口比率は2024年の29.3%から2050年には37.1%まで増加すると予測されています。
高齢化社会になるにつれて増加し続けている医療費・介護費[図1]を抑制するためには健康寿命を延ばすこと、即ち健康上の負担を軽減する必要があり居住環境の重要性が高まっています。
図1
[1]内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省:2040年を見据えた社会保障の将来見通し, 2018
しかしながら、日本において冬季の在宅中平均室内温度が18℃を超えているのは北海道、新潟県、千葉県、神奈川県のみとする調査結果があります※1。これは住宅の断熱性能や光熱費、我慢強い国民性といった様々な要因が考えられますが、その中でも居住環境が及ぼす健康リスクについての情報が不足していること、冷暖房機器の快適性が不足していることが挙げられると弊社は考えています。
※1出典:Umishio,Ikaga,Fujino et al,Indoor Air 2020.
居住環境が及ぼす健康リスクについて
要介護者の原因疾患、65歳以上の医療費内訳ともに最も割合が大きいのは循環器疾患となっています。[図2]循環器疾患にかかる危険因子として挙げられるのは喫煙・糖尿病・脂質異常症・そして高血圧です。
この中で高血圧については室内温度と関わりがあることが下記の調査結果からも明らかになっています※2。[図3]
※2出典:Umishio,Ikaga,Kario et al,Hypertension 2019.
図2
図3
[2]厚生労働省:国民生活基礎調査の概況, 2017
[3]須貝佑一:あなたの家族が病気になった時に読む本 認知症, 2006
[4]厚生労働省:国民医療費の概況, 2018
室内温度が下がるほど血圧の数値は上がっていき、部屋間での温度差がある場合も同様に血圧が変化します。脱衣所やトイレでヒートショックを起こす方が多いのはこの温度差が原因です。残念ながらヒートショックで亡くなる方は年間で17,000~19,000人程度になると言われており、これは交通事故の死者数の実に7倍に上る数値です。最も安全であるはずの住宅でこれだけ多くの方が亡くなっているという現実があります。
この現状を変えていくには建物の断熱性能を上げること、適切に暖房を使用することが求められています。
建物の断熱等級による費用効果分析
現在の日本における建物の断熱等級とWHOが推奨する冬季室内温度は下記の通りです。[図4]
図4
国土交通省住宅局:住宅性能表示制度の見直しについて.2022
WHO.WHO Housing and health guidelines.2018.11
2025年度より住宅の断熱等級は4以上とすることが義務付けられ、2030年度には断熱等級5以上を目指すとされています。断熱等級の引き上げは未来へ向けての対策であり、現在の既存住宅への対策としては断熱改修が挙げられます。
下記の図は10万組の仮想夫婦を対象にモンテカルロシミュレーションを実施し、既存住宅の中で最も大きな割合を占める断熱等級2で、室温15℃で暮らした場合と40歳の新築時もしくは60歳の改修時に断熱等級4もしくは6にアップグレードし、その後室温18℃もしくは21℃で暮らした場合の費用内訳です※3。[図5],[図6]
※3出典:Umishio,Ikaga,Kario et al,BMJ Public Health 2024.
図5
図6
暖房費はエネルギーシミュレーションソフトBEST-Hによって計算
どちらの場合も生涯費用としては断熱等級を上げた方が増加していますが、高血圧医療費の減少が認められます。特に40歳の新築時に断熱等級を上げた場合は生涯費用の微増に対して高血圧医療費が大きく減少し有意な結果と言えます。60歳以上の断熱改修については高血圧医療費が大きく下がる反面、断熱化工事費も嵩むという課題も見えています。
温熱環境を整えることで高血圧が改善し循環器疾患の予防に繋がり健康寿命が延びます。この言葉だけではどこか漠然としてしまいますがこのように数値としてイメージができると受け取る印象も変わるのではないでしょうか。
おわりに
ここまで費用とリスクに焦点を当ててきましたが健康を害するということは費用の話のみにとどまらず、生活の質が落ちることに繋がります。人は健康でいる間はいつまでもそれが続くと錯覚をしがちです。そして体調を崩してから初めていかに健康が大切であるのかを実感します。不必要に心配しすぎることはありませんが、人生100年時代も体が健康であってこそではないでしょうか。住宅は人生において最も長い時間を過ごす場所です。だからこそ、その場所の温熱環境は良くも悪くも私たちの体に影響を与えます。
ご自身であったりご家族であったり、大切な方が元気で長生きできる環境作りに是非一度目を向けていただければ幸いです。